先日高校の顧問の話をした。素晴らしい先生だった一方で問題点もあったという話だったが、今回は別に素晴らしくもないし問題点も山積みだった中学の顧問の先生の話をしようと思う。
本当に酷かったので読む際は注意してもらいたい。
中学では、とりあえず運動部に入っておきたいといういかにも中学生らしい理由でテニス部に入った。私の頃は部活動が緩くなる過渡期だった為、朝練に始まり絶対下校の18時ギリギリまで午後練をして終わる生活を毎日送っていた。休みの日も月1くらいだった気がする。初期は週1もなかったはず。練習はハードだったが、もっとハードだったのは顧問の先生だった。
毎日ピリピリした表情でテニスコートに入り、椅子にふんぞり返っては練習している生徒達に怒鳴ったりネチネチ怒ったりしていた。試合中はレギュラーメンバーに対する怒鳴りや説教がもっと酷かった為、見ていて可哀想だった。詳しい内容は覚えていないが、テニス経験者の割には割と気持ちとか根性論みたいな内容が多くて理不尽感に拍車がかかっていた。
部員に対するケアも酷かった。基本的に部内でトラブルが起きた場合は、不登校が出るなど部活外でも影響が出ない限りはいい加減な説教で事を収めようとしていた。しかし、お気に入りの先輩が部活を辞めたいと泣き出した時はわざわざ部活の時間を割いてまで部内ミーティングを開き部員達に大激怒していた。実際先輩が気を病んだ理由は、先輩のパワハラや嫌がらせに耐えかねた部員達が先輩を邪険に扱うようになったからであり、自業自得もいいとこなのにそこには触れようともしなかった。「先輩に迷惑をかけた自覚がある奴は手を挙げろ」と言われて挙げなかったのが私のささやかな抵抗だった。
ここまでは良くはないがまあよくいる範疇かも知れない。しかしそれだけではない。彼は狂っていた。
先輩達が引退して新体制となり、新メンバー初の公式戦があった。しかし成績があまりにも芳しくなく、普段は大激怒するはずがその日は放心状態になっていた。ミーティングでどのくらい怒るかと身構えていたら、先生は「これから部活が始まる時には円陣を組もう。それで部活終わりには校歌を歌おう。」と淡々と言い出した。困惑する一同。しかし先生の言う事は絶対だった為それから毎日本当に円陣と校歌をやることになってしまった。校歌は声が張ってないと怒られたし、スケジュールが押していても絶対歌わされた為絶対下校を過ぎてしまうことが何度かあった。そして迎えた次の公式戦。なんとエースが個人で県大会に出場するという快挙を成し遂げた。そのせいでまるで校歌に本当に効果があったみたいな空気が流れ、結局我々は引退まで校歌を歌うことになった。今も続いているかは不明。円陣の方は先生がいる時以外やらなくなった為、すぐに形骸化していった。
異常な行動と言えば他にも校長先生が暑い中の部活だからと買ってくださったテントを自分で使ったり、他校はそんなことしてないのにラケットやシューズ等の道具の色まで指定してきたりした。あと「部員のやる気がないから今日は終了」と言って職員室に帰るやつを何度も何度もやっていた。最初の頃は困ったがだんだん慣れてきて最後の方は「今日は終了」を言われたら普通に整備するようになった。
そんな先生だが、勿論部員全員から嫌われていた。うちの部は仲が非常に悪く、まとまりがないし風通しの悪いチームだったが、それでも全員顧問が嫌いという思いだけは一致していた。共通の敵がいてもなかなかまとまらないものである。
部員だけでなく生徒達からも嫌われていた。普段は明るく爽やかな雰囲気を出していたが、怒る時はネチネチしてるし怒鳴りがちなのは一緒だし、女子にだけ露骨に甘く、女子にしか挨拶を返さないのも嫌われる要素だった。「あいつに挨拶して返ってくる確率は宝くじ」と陰でよく言われていた。
後から聞いた話だが、他校でも嫌われていたらしい。先生の性格の悪さは側から見る分にも伝わっていたようだ。
ハッキリ言って中学の顧問の先生なんか大嫌いだ。死ぬまで嫌いだと思うし二度と会いたくもない。私の知らない所で不幸になっていてほしい。しかしただ罵倒するだけならつまらない。ここからは何故あんな怪物が生まれたのかを考えたいと思う。
結論から言うと、先生は真面目過ぎたのだと思う。真面目過ぎて狂ったんだと私は考えている。
実際授業は本当にわかりやすかったし教室の掲示も綺麗に貼っていて几帳面でもあった。ベテラン教師がこっそり配置を変えてたのにもすぐ気づいていて当時非常に驚いた。また、若い頃彼の担任を持っていたという先生曰く「学生の頃からとても真面目だった」とのことだったので、先生が真面目でキッチリしている人だったのは間違いない。
また、先生は明らかに普段は明るい先生、部活では厳しい先生として振る舞おうとしていたが、本人が「自分は暗い性格」と言っていたのもあってか、ここまで書いてきたようにどちらも上手く行っていなかった。
これらを元に考えると、先生は自分の中で理想の先生像があって、それに近づけるように頑張っていたが現実はなかなか難しく、その乖離に押しつぶされていたんじゃないかと私は思っている。しかも先生はめちゃくちゃ厳しかったけれど好成績も多数残した敏腕顧問の後任だったのもあってそのプレッシャーは大きかったのかも知れない。前任はテニス未経験だったのに対して自分はテニス経験者というのも重荷になっていたのだろう。
そんなゴタゴタしたメンタルで当時の部活動という無賃重労働をすることになるのだからそら壊れる。あれは真面目な人がおかしくなった姿だったのかも知れない、と私は考えている。
最初にも少し話したが、私が中学の頃は部活が緩くなっていったり、体罰などの理不尽な教育が見直されていく過渡期だったのだ。
体罰はほとんどなかったが冗談のノリの暴力や胸ぐら掴まれるくらいまではあった気がするし、大人でも萎縮しそうな恫喝だとかは全然あった。部活に関しても休みがほとんどなかったと話したが、少しずつ週の休みは増えていき、最終的に土日の片方と平日もう1日くらいの休みは出来ていった記憶がある。もうだいぶ記憶が曖昧だから正確かどうかはわからないが。
体をいっぱい動かすのに休みが全然ないし帰りも遅くなるのは先生にとってもキツかったに違いない。しかも部活動に賃金は発生しないらしいので完全にやりがいだけで働かされているのだ。場合によっては知識もないのに人が足りないからとやらされて、まあ普通はやりたくない重労働である。しかもそこに先生が優位な環境も相まって真面目にやる程おかしくなってしまうのはある意味仕方のないことかもしれない。まあ先生がおかしくなったら生徒はどうしたらいいんだって話だが。
しかし現在では体罰や子供への対応はどんどん厳しくなり、少しでも何かあれば全国で問題になる時代になった。おまけにこれはうちの地域の話だが、従来の部活動はなくなり今後は先生ではなく地域主導でゆるくやる活動に変わるらしい。それを聞いた時に私はいの一番に「今の子供達は良かったなあ」と思い、だんだん自分の代もこれが良かったなと思うようになった。そして今はあの先生もこのシステムならどれだけ楽だっただろう、とも思う。
先生は私が入学する1年前に赴任してきたらしい。それで私が成人式の頃まではいたらしいから、今頃はどこか別の学校に異動なさっていると思われる。
部活動はもうないみたいだが、あれから元気でやっているのだろうか。
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