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思想
英語の教師:


「は
いこんにちは、オーケーセンキュー!Mr〜〇〇‼︎」

基本的に、教師に対しては好きもクソもない。先日記事にした中学の顧問なんかは大嫌いだし、嫌いな教師は一定数いるが好きだと言える先生はほとんどいない。先生を好きだと思う気持ちがわからない。学問や人として大切なこと等を教えてくれて「ありがたい」と思うことはあるが、個人的にはありがたいことと好きだと思うことは同じとは限らないと思っている。
しかし何事にも例外がある訳で、そのただ一人の例外、私が唯一好きな先生が、この冒頭の挨拶をいつもしていた英語の先生である。

彼には中学3年間英語の授業を持ってもらっていた。恐らく4〜50代の中年だがテンションが異様に高く、生徒への距離感が近い一方で、机の並びが整っているか等を異様に気にしたり、「決められたルールの中で楽しもうな〜」が口癖なくらいにはルールを守ることを重要視したりする几帳面な一面もあった。
そんな彼は周りからは距離感が近いしテンションもついていけなくてしんどい上、妙に生真面目な部分もあって苦手もしくは嫌いだと評価されることが多かった。しかしそれでも私は本気で彼のことを最後まで好きだったのだ。ここからは何故私がそんな嫌われ者の教師をずっと好きだったのか解説したいと思う。

まず、個人的に高いテンションと朗らかさは癒しだった。中学と言えば勉強も部活も大変だし、規則も厳しくていつもどことなくピリピリしていた。そんな中で彼の授業はユーモア溢れる、いや、彼流に言うならヒューモア溢れる楽しい時間だったのだ。

それに彼は生徒に寄り添う努力を怠らなかった。
確かに3年経っても普段下の名前で呼ぶ程気に入っている生徒以外の名前も覚えられなかったが、それでも「暗い性格」を自称しながら極力明るく振る舞ったり、成績に伸び悩む生徒や逆に上がった生徒を呼び出して励ましや賞賛の声掛けをしたりと、生徒の為を思った行いを心がけていたように私は感じた。

少し話が被るかもしれないが、彼はまた生徒をよく見ようとしていたとも思う。
中1の頃、私はちっとも愛想が無く授業中のユーモアで笑うことがほとんど無かった。しかしそれでは先生に好かれないし損だぞと親に強く言われ、愛想笑いでも笑うよう意識した。そんなある日、いつもの「ヒューモア」で私が笑っているのを先生が見つけ、「怪獣が笑ってるのを初めて見たんだよ〜」と嬉しそうに言い、後ろに貼ってあった名簿をしみじみと眺めていた。「ええ名前やんか。」そう言ったその日から私は下の名前で呼ばれるようになった。
色々理由は挙げたが結局この出来事が一番好きになったきっかけかもしれない。彼は周りに疎まれながらも生徒との距離を縮める為に生徒をよく見る努力をしていたのだ。

以上が英語の先生のことが好きだった理由だ。
こうして良かった所を上げると確かにいい先生に見えるが、その一方でやはり疎まれているだけあって手放しに褒められない部分もたくさんあった。
生徒の為を思った言動は私以外の生徒には距離感の見誤りのように受け取られていたし、お気に入りの生徒とそうでない生徒とで対応に差があった。怒ることはほぼ無かったが時折苦手な生徒等に対しドライな態度を取ることもあったし、他の教師と授業の歩幅が合わないという痛い問題点もあった。
また人伝で聞いた話だが、生徒を不登校に追いやったという噂も立っていた。事実かどうか、その詳細は私にはわからない。

問題点を振り返ると、彼は良い教師どころかむしろかなりアレな教師だったように感じる。しかしそれでも私は彼が今でも好きなのだ。
例え教師として問題大有りだとしても、彼にまつわる楽しかった思い出は嘘にはならない。正直英語の授業でやったこととか今ではほとんど忘れてるし、成績に悩んだ私にどんな助言をしたかも覚えてない。それでも先生がくれた思い出や楽しかった気がする感覚はずっと残ると思っている。
という訳で最後は英語の授業では恒例だった終わりの挨拶で締めたいと思う。

「ハイ、今日も皆さんがルールを守ってくれたお陰で良い授業になりました!オーケーセンキューMr〇〇!」
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