あったら嬉しいけど別に無くてもいいものって無いだろうか?私はそういうもののことを「ラーメンの煮卵」と呼んでいる。という訳で、今日はそんなラーメンの煮卵たちを紹介したいと思う。
身近なところから行こう。まずはモバイルバッテリーである。あったら絶対便利だと思うが正直持ってなくて困ったことはあんまりない。ハンディファンなんかもそうだ。毎年夏になると街中で持ち歩いている人がちょっと羨ましくなるが、そう思いながら結局毎年買わない。
他にも小物入れとか小銭入れなんかもそうだ。どうやらこまごましたピンポイントな需要を満たすものは煮卵になりやすい傾向があるようだ。
しかしどこまでが煮卵と言っても差し支えないのだろうか?
例えば「趣味も煮卵じゃないか?」と言う人がいるかもしれない。しかしそこまで行くと流石に極論である。趣味だったり、食べ物の飾り付けだったり、家具だったり世の中には生きていく上で必ずしも必要とは限らないが、生活の豊かさの為に必要なものが沢山ある。こういうものを「別になくてはいいもの」とは私は思わない。ラーメンで言うならチャーシューくらい必要なものだと思う。
あってもなくてもそんなに大きくは生活の豊かさは変わらないもの、それがラーメンの煮卵なのだ。そこを踏まえてもっと考えてみよう。
スマホスタンドなんか煮卵だ。スマホを立てたい時って個人的には結構少ない。私はウォレットチェーンを使うことがよくあるのだがあれもなかなか煮卵である。カバンを持ち歩きたくない時に安心するけど別にチェーン無しでポケットに突っ込んでもそんなに問題ないような気はしている。イヤホンのノイズキャンセリング機能も煮卵かもしれない。究極聴けたら何でもいいからあんまり機能を盛りすぎると煮卵になる。
逆に煮卵にも満たないものの話もしよう。先日父がアボカドの種を抜く道具を買っていたのだが、ここまで行くといくらなんでも需要がニッチすぎて最早「あったら嬉しい」かどうかも疑わしい。煮卵になるには少なくともあったら嬉しいというポイントは抑えないといけない。誰でも彼でも煮卵になれる訳ではないのだ。
いかがだろうか。このように世の中にはラーメンの煮卵みたいなものが溢れている。煮卵はなくてもいいものではあるが必要ないものではない。でも少しずつ需要を満たしてくれるものがいっぱいあるからちょっとだけ日常は楽しいのかも知れない。私が書き続けているこのブログも誰かの煮卵になれたらいいな、と思っている。
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