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思想


服への興味を失ってしまった。

少し前までは人並みかそれ以上にあったのだ。

まず服は人の印象を決定付ける。
清潔な格好をしていたらよく見えるし逆は然りというのは当然のこと、こだわりのない服装をしているだけで、「ああ、この人は冴えない人かもしれない」「ああ、この人は服に興味がない程度には世間への関心が薄いのかもしれない」などマイナスな印象を受けてしまう。
しかしおしゃれに気を遣うだけで褒められたり、そこから会話が弾んだりすることがあり、それによって自己肯定感が上がったり周りに認められるなど気を遣わない時に比べてメリットが格段に多いのだ。

それに服は手っ取り早い自己表現の手段の一つなのだ。
服にこだわり出すと、次は「どうこだわるか」という話になってくる。
おしゃれと一口に言ってもジャンルが果てしなく多く、そのジャンルの中でも更に服の種類や組み合わせによって全然違うものになる。
人々は無数の選択を繰り返し自分の魂に最も沿った服装を選ぶ事で各々の自己表現をするのだ。
自己表現というと本来すごく難しいことのように感じるが、服でなら誰でも出来るし、なんなら毎日誰もがしている。
人々は各々の表現に触れ、自分に最も合った人間を選んで関わっていく。同じグループ内だと服装や雰囲気が似るのはそういう事である。

また服は自分をカスタマイズする手段の一つである。
自分の見た目を最も簡単に変えられる手段が服である。思いおもいに、自分のなりたい自分に服は近づけてくれる。逆にいうと他人の服装はその人がなりたかった自分を映し出しているともいえる。

そんな自分にとって重要な服を一体何故こだわらなくなったのだろうか。
もうかれこれ1年以上は自分で新しく服を買っていない。
一応自分の中では、今まで買ってきた服で事足りている、と納得してきたのだが、こう振り返るともしかしたら私は自分の印象を更新したり、人目を気にしなくなったのかもしれない。
そういえば服を買わなくなってきたのと同じ頃に私の人間関係は広がらなくなってきたし、そうなると改めて自己表現をする必要も、褒められる必要も無くなってきたのかもしれない。
つまり新たな人間関係、環境に触れたり、自分の価値観や表現を変える機会が最近はなかったのだ。
だとすると、私は服の関心が完全に無くなったのではなく、今は必要が無くなっただけであり、いずれその時が来たら復活するかもしれない、ということになる。

もし復活したら次はどんな服を着て、どんな自分を表現してみようか。
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