忍者ブログ
思想


「鬱」。心が晴れ晴れしないこと。気が塞ぐこと。憂鬱。
今の時代、気を病むことなくまともに生きるということは最早困難なのかもしれない。

鬱、メンヘラ、気の狂いなど心の病というものは一見奇特な性質であり普通の人間には無縁でありよくわからないものだと思われがちだが、例えば鬱病は日本人の15人に1人が経験するらしく、気の病は思っているよりも随分身近な存在だと思われる。

私の周りも普段は誰も言わないから一見みんな健常に見えるが、ある日突然病んでいることをカミングアウトされたり、見るからにメンタルに余裕のなさそうな者を見かけたり、ということがよくある。
そしてかくいう私も塞ぎ込んでしまうことは多々ある。

心が鬱々としてしまうと、周りは元気そうな人だらけに見えるのもあって自分一人がこんなに弱っているのではないかとつい負い目を感じてしまうことがよくある。しかしそれは間違いであり、きっと自分以外の多くの人も何かしら鬱を抱え込んでいる可能性が高いのだ。そう思うだけで救われるものがある。

大きな鬱、小さな鬱、曲がりくねった鬱、誰の心にもそれぞれの鬱がある。それは何もおかしな事ではなく、非常に普遍的な事である。
鬱に溢れたこの世の中でこれは最も大切な考えだと私は思っている。
そして誰もが鬱持ちかもしれない中で私たちにできることは、結局ありふれた思いやりに行き着くと私は信じている。根本的な解決等は専門家だったり、最終的に本人の努力でしかどうにもならないかもしれないが、理解すること、寄り添うことなら一般人でも出来る。そうやって心の穴を少しでも埋める手伝いが出来るのだと思う。

私も別に専門家ではない故少しフワフワした着地にはなってしまったが、鬱を抱えた多くの人たちと共に苦楽を乗り越えていきたいという気持ちだけは確かである。ありふれた思いだが、そういう思いこそが何かの救いになると信じていたい。
PR
コメントを投稿する

HN
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
PROFILE

HN:
怪獣
性別:
非公開
職業:
生きること
趣味:
ダイビング、ギター、ゲーム等
自己紹介:
涅槃
ARTICLE

P R