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思想
侵入思考


壊れやすい貴重品を渡された時、ほんの一瞬だけ壊したいと頭の片隅で思ってしまうことはないだろうか。

このような自分の意思に反して、不快な考えや不安になるイメージ、衝動が突然頭に浮かんでくる現象のことを「侵入思考」と呼ぶそうだ。
人類の9割が侵入思考を抱えているらしく、原因としてはストレスや気質、場合によっては強迫症や鬱等とも関連している場合があるらしい。
研究自体は進んでいるらしいが、それでも「何故脳は侵入思考を考えるように出来ているのだろうか」という点はいまだによくわからないそうだ。

私も幼い頃からずっと侵入思考に悩まされてきた。もしここで目の前の人を殴ったらどうしよう、もしここで大切なものをぐちゃぐちゃにしたらどうしよう、もしここでとんでもない悪口を言ったらどうしよう......
時に本気で侵入思考が嫌になってしまうことがあるし、しっかり悩んでしまうこともある。でも結局一瞬しか考えないことだからすぐ忘れてしまう。

侵入思考って一体なんなんだろうか。
なんで本心に反すること、恐れるものが浮かんでくるのだろうか。なんで考えないようにしたいのに考えてしまうのか。
人間の脳は非常に非効率で不思議なものだとつくづく思う。

知恵を持って思い上がる人間に対して神様がおふざけで仕込んだのだろうか。
あるいは見えない悪魔が囁いているのか?
とりあえず私は、宇宙人が電波を送ってきているのだと勝手に思うことにしている。そう思った方が、楽しいから。

侵入思考は誰しもが抱えるものであり、基本的にはほっといても特に問題は無い。恐らく侵入思考に従って動く人間もそうそういないだろうし。
ただ、どうしても気になる場合は「現実と妄想を切り分ける」ことを意識すると良いらしいし、最悪心療内科で診てもらえるらしい。

侵入思考は今後もずっと頭の中にスーッと入り込んで来るだろう。そして私は死ぬまで侵入思考を本気で楽しむことは出来ないと思う。私に出来ることはそれを宇宙人の交信だと思い込み、勝手に宇宙に想いを馳せることだけである。宇宙人からしたら迷惑な話だろうが。
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服への興味を失ってしまった。

少し前までは人並みかそれ以上にあったのだ。

まず服は人の印象を決定付ける。
清潔な格好をしていたらよく見えるし逆は然りというのは当然のこと、こだわりのない服装をしているだけで、「ああ、この人は冴えない人かもしれない」「ああ、この人は服に興味がない程度には世間への関心が薄いのかもしれない」などマイナスな印象を受けてしまう。
しかしおしゃれに気を遣うだけで褒められたり、そこから会話が弾んだりすることがあり、それによって自己肯定感が上がったり周りに認められるなど気を遣わない時に比べてメリットが格段に多いのだ。

それに服は手っ取り早い自己表現の手段の一つなのだ。
服にこだわり出すと、次は「どうこだわるか」という話になってくる。
おしゃれと一口に言ってもジャンルが果てしなく多く、そのジャンルの中でも更に服の種類や組み合わせによって全然違うものになる。
人々は無数の選択を繰り返し自分の魂に最も沿った服装を選ぶ事で各々の自己表現をするのだ。
自己表現というと本来すごく難しいことのように感じるが、服でなら誰でも出来るし、なんなら毎日誰もがしている。
人々は各々の表現に触れ、自分に最も合った人間を選んで関わっていく。同じグループ内だと服装や雰囲気が似るのはそういう事である。

また服は自分をカスタマイズする手段の一つである。
自分の見た目を最も簡単に変えられる手段が服である。思いおもいに、自分のなりたい自分に服は近づけてくれる。逆にいうと他人の服装はその人がなりたかった自分を映し出しているともいえる。

そんな自分にとって重要な服を一体何故こだわらなくなったのだろうか。
もうかれこれ1年以上は自分で新しく服を買っていない。
一応自分の中では、今まで買ってきた服で事足りている、と納得してきたのだが、こう振り返るともしかしたら私は自分の印象を更新したり、人目を気にしなくなったのかもしれない。
そういえば服を買わなくなってきたのと同じ頃に私の人間関係は広がらなくなってきたし、そうなると改めて自己表現をする必要も、褒められる必要も無くなってきたのかもしれない。
つまり新たな人間関係、環境に触れたり、自分の価値観や表現を変える機会が最近はなかったのだ。
だとすると、私は服の関心が完全に無くなったのではなく、今は必要が無くなっただけであり、いずれその時が来たら復活するかもしれない、ということになる。

もし復活したら次はどんな服を着て、どんな自分を表現してみようか。
音楽

 
音楽を意識して聴くようになったのは高校の頃からである。

それまでは流行りの音楽等を殆ど聴くことが無く、たまにアニメやゲームの曲を聴く程度だった。
それなのに成り行きで軽音楽部に入ってしまい、軽音楽部なのに音楽に詳しくないのは不味いと思った為、とりあえず周りが聴いている曲などを中心に色々聴き漁ったのが音楽趣味の始まりである。

そこから音楽が日常に浸透するまでには時間を要しなかった。

音楽は気分を落ち着け、精神を統一するのに効果的である。これは別に穏やかな曲でなくてもいい。自分が最も好きな曲ならば、例え激しめの曲でも音楽に浸ることで雑念や不安が減り、気分が安定してくる。
曲調では無く自分が没頭出来る程その曲が好きかどうかが重要である。

この効果は特に移動中等に発揮される。
見知らぬ土地等だとどうしても多少不安は付きものだし、そうでないとしても街の喧騒や満員電車のストレス等不安定になる要素は多い。
そういった際に音楽の力を借り、ストレスを遮断することができるのだ。
好きな曲を聴くことでどんなに心細い時でも安定した自分でいられることが出来るのだ。

私は多感な時期に音楽に出会う事が出来て良かったと思っている。音楽とは自分が好きな自分でいられるよう手助けしてくれる存在なのだ。それに気づく頃には、もう音楽は日常に欠かせない物となっていた。

最後に好きなバンドと曲を載せておきたいと思う。

Måneskinである。
イタリアで産まれたロックバンドで、メロディの力強さや独特な声のボーカル等が魅力である。おすすめの曲はGOSSIP。
ちなみに現在は活動中止している。早く活動再開してほしいものだ。

左向きで寝ると悪夢を見やすい、という話があるそうだ。

心臓が圧迫され体にストレスがかかることや、それによる睡眠の質の低下が理由らしい。
私は長年左を向いて寝てきたし、長年悪夢を見続けてきた。というより、悪夢以外の夢をほとんど見たことがない気がする。

今まで見てきた夢で言えば、カバンから大量のムカデが湧き出るとか、とても高いところから落ちるだとか、理不尽に叱られるとか......。
一番意味がわからなかったのはトイレのウォシュレットがちょっと強くて嫌だったやつである。

別に悪夢を見るのが嫌で眠れないとかそういったことは特に無いが、悪夢なんて見ないに越したことはないだろう。
という訳で、早速右向きで寝るよう意識してみた。

すると......


本当に悪夢を見なくなったのだ。


まあ厳密には見る夢のうち意味わかんない夢が8割、悪夢が1、2割くらいになった気がする。
最初は右向きで寝ることの違和感が強かったが、次第に慣れてきたし、むしろ今では左向きで寝ようとするほうが違和感を感じる。

もしかしたら思い込みみたいなものかもしれないが、個人的には本当に効果があったと思う。

しかし、今までの悪夢と違って右向きで寝た時に見る訳わからない夢は本当に訳がわからなさすぎて、起きてすぐに忘れてしまうことが多い。
悪夢なら、幼い頃見たものでさえ覚えているものもあるのに「良い夢」とも「悪夢」とも言えないような
訳わからない夢はついこないだ見たようなものでも一切思い出せない。

夢が全く思い出せないのは少し寂しいが、あんまりいちいち覚えていても夢に囚われてしまうような気がするのでこれはこれで良いのかもしれない。

あ、覚えてる夢があった。

友人に会った夢である。

会わなくなり音信も途絶えて結構経つ友人。田舎の路地のような場所で再会し、ぎこちないながらもたわいのない会話をした。具体的な会話の内容は覚えていない。
今どんな見た目をしているかもわからないくらい会っていないので、友人の姿は殆どあの頃のままだった。

目が覚めたらもう会うことは無いと思うと少し悲しさもあるが、絶対悪夢よりかはこっちの方がいいのでやっぱり嬉しい。

そんなこともあってか今は寝るのが少し楽しみである。
悪夢を気にしなくて良いので純粋に今晩の夢に期待できるのだ。

さて、今日はどんな夢を見るだろうか。

PROFILE

HN:
怪獣
性別:
非公開
職業:
生きること
趣味:
ダイビング、ギター、ゲーム等
自己紹介:
涅槃
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P R