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思想
距離感


人間関係やコミュニケーション等において最も大切なこととは何か。それは距離感である。

私はほとんどの対人トラブルの原因は距離感を見誤ることだと考えている。距離感を詰め過ぎて拒絶される、距離感を見誤り心ない言葉をかけてしまう、距離を取り過ぎて嫌われていると思われる、ほぼ全ての対人トラブルは距離感ミスに収束されると考えている。

少し言葉が強いだろうか?そう、私は「距離感信者」である。
世の中に様々な宗教や人物等、思想等を信仰している人がいるように、またほぼ全ての人間が科学の信者であるように、私は「距離感」の信者である。

生きていれば当然対人トラブルは沢山ある訳で、傷つけたり傷つけられたりを繰り返してきた訳だが、ある時そんな話を友人としていると、友人が「ちょっと距離感を取るのが苦手なのかもしれないね」と言った事があった。
その言葉は私からしたら啓示のようなものだった。全てのトラブルが、一つの言葉で繋がったのだ。

それから私は「距離感」とは何かについてよく考えるようになった。距離感のミスがトラブルを引き起こすなら、それ即ち問題のないコミュニケーションや人間関係は適切な距離感が取れているものということになる訳だが、一体人はいつどこで適切な距離感を学んでいるのだろうか?
お店やサービスの人間に馴れ馴れしい態度を取ってはいけない。初対面の人間に過度に積極的に接してはいけない。親密でもない人間へのいじりはよく考えないといけない。こういう距離の取り方って一体どこで学ぶのだろうか?逆に学べなかった人間は何故学べなかったのだろうか?
私だって別に習った覚えなど無いが、それなりに人間関係を築けている為多分どこかで学習はしている。それを思うと恐らく答えは「経験」というなんとも無難な答えに行き着くのだろうが、逆に学校とかで教わるとかでもなく自分で考えて自分なりの「距離感」を見つけないといけないというのは中々難しい話じゃないだろうか?

そして距離感の学習は終わらない。人生のステージが変化するにつれて、その先々で適切な距離感を見つけないといけないのだ。人は距離感を考えなければ生きていけない。
よくコミュニケーションは難しいと言われることがあるが、きっとその理由も「距離感を自分で経験と共に学んで見つけないといけない」ということなのだろう。

いかがだろうか?これが距離感信者が考える人間関係とコミュニケーションの仕組みである。
もしかしたら「距離感」以外の答えがあるのかもしれないが、少なくとも私は信者なので全てが距離感に行き着くと考える。
貴方は人間関係において距離感を信仰しているだろうか?それとも別のものを信仰しているのだろうか?なんにせよその答えはほとんどの場合最終的に自分で導き出すしかない物である。
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